エリート医師のイジワルな溺甘療法
「開業はもう考えていない。あれは、ほぼ彼女のためだったからな」
「雄介さんの意思じゃなかったんですか?」
彼は少し首を横に振ったけれど、「少しはあったよ」と言って微笑んだ。
「彼女の実家が田舎で、近くに整形外科がないんだ。怪我をしたら二時間以上かけて街の病院まで行く。彼女の夢は田舎に病院ができることだったんだよ」
「雄介さんは、その夢にのったんですね」
それなら自分が開業しようと思ったんだ。生半可な決意じゃ開業なんてできそうにないだろうに、ふたりならがんばれたんだ。
このお話だけでも、彼女のことをほんとうに愛していたんだなって、分かる。
なんか、うらやましい。亡くなった彼女には、だれも勝てないんじゃないかな。
「そう。だけど、今は病院ができたらしくて、必要なくなったよ。将来のビジョンも、育てるべき愛情も失くして、“この先”を考えていたとき、俺は君を好きになった」
彼は私の両手の中にあるカップを奪い、リビングテーブルの上に置いた。
「一緒にいると楽しくて、弱いと思えば時々強くて、たまに不思議で、好きな事には瞳をキラキラと輝かせる。表情豊かで、かわいい。そんな君に、俺はいつも魅了されているんだ。こんな気持ちになったのは、初めてなんだ」