【惑溺】わたしの、ハジメテノヒト。
 
加藤先生は廊下に出てきたリョウくんを静かな表情で眺めながらポケットから何かを出した。

「忘れ物」

そう言って差し出したのはシンプルな茶色のシュシュ。

「……はっ?」

そのシュシュを目の前にリョウくんは眉をひそめ不機嫌そうに先生を睨んだ。

「これ、お前のだろ? ちゃんと……大事にしろよ」

先生はリョウくんに向かって穏やかに微笑みながらそれだけ言うと
軽く彼の肩を叩き背を向けて歩き出した。



リョウくんは
一度も後ろを振り向かず歩いていく先生の姿から目を背け
苦々しげに舌打ちをした。

< 131 / 171 >

この作品をシェア

pagetop