【惑溺】わたしの、ハジメテノヒト。
 

昨日降った雪が一面を白く染め
ひとつの足跡も痕跡もないまっさらな屋上。
足元の純白とは対照的に重い灰色の雲で覆われた空。

白と灰色の世界の中でひとつだけ浮き上がる黒い人影。



「リョウくん……」



あたしは白い息を吐きながら新雪の上に足を踏み出し
鉄製の柵によりかかり景色を眺めているリョウくんに近づいた。


靴底の薄い上履きが冷たい雪の上できゅ、と小さな音をたてた。
リョウくんはゆっくりと振り返り微かに顔を斜めに傾け冷たい表情であたしを見下ろす。

「あの、もうすぐ終業式はじまっちゃうよ……」

言いたいことはこんな事じゃないのに。
どうでもいい事を言ってうつむいたあたしを彼は冷めた目で見る。

「それを言うためだけに、わざわざ追いかけてきたの?」

……分かってるくせに。
あたしが本当は何を聞きたいのか。


リョウくんはあたしから顔をそむけ
また柵の向こうの景色に目を向けて微かにため息のような白い息を吐いた。


< 133 / 171 >

この作品をシェア

pagetop