【惑溺】わたしの、ハジメテノヒト。
「きのう、あれから由佳さんには……」
「会ったよ」
リョウくんは低い、冷めた声で
あたしに背を向けたままそう言った。
会えたんだ、よかったね
そうあたしが返そうと思っていると
「乱れた髪で、皺くちゃの服で
首元に大きくキスマークつけて
たった今まで彼氏に抱かれてましたって顔で教員住宅から出てきた」
白い景色に向かって吐き出された感情の無い声に
あたしの用意した言葉は行き場を無くした。
なんて反応すればいいのかすらわからず
ただ吐き出した息が白く空に上った。
「雪の中で待ってた俺を、今にも泣きだしそうな顔で見てた」
そう言いながらゆっくりとあたしの方を振り返る。
その顔は
ぞっとするくらい冷たくて
ぞっとするくらい魅力的だった。
「大人で優しくて安定した職についてる婚約者と俺なんて、比べるまでもないよな」
まっさらな雪の上についた自分の黒い足跡を見下ろしながら
自嘲するようにそう言うリョウくん。
その表情で由佳さんがリョウくんではなく加藤先生を選んだ事がわかった。
「そんな事ないよ……」
うつむいたリョウくんがすごく傷ついているみたいに見えて
あたしは彼に駆け寄った。