【惑溺】わたしの、ハジメテノヒト。
「授業さぼって保健室で寝てばかりいるから、隣の席の可愛い女の子の顔も覚えてないのよ」
黙り込んだあたしの横で、先生が呆れたように言ってコーヒーを一口。
あたしもすっかり湯気の少なくなったコーヒーに口をつけた。
「にが……っ」
先生が入れてくれたインスタントのコーヒーは真っ黒で濃くて、苦かった。
「あら、苦かった? 西野くん用にいれたのと間違ったかも」
先生があたしの手の中のカップをのぞきながらそう言うと
「どうりで。濃いめにって言ったのに薄いコーヒー渡されたから嫌がらせかと思った」
なんて言いながら綺麗な長い指が、あたしの手の中からコーヒーカップを奪った。
「あ……っ」
あっという間に奪われたコーヒーカップを驚いて目で追うと、西野くんの綺麗な唇がさっきまであたしが口をつけていたカップに触れた。
——体中の血が熱くなる気がした。
平然とコーヒーを飲む西野くんを直視できなくて、うつむいて口元を覆い深呼吸を繰り返す。
……バカみたい。
ただ同じカップに口をつけた。
それだけでこんなに動揺するなんて。
小学生じゃあるまいし。
それでも、カップに触れる彼の唇の感触を勝手に想像して頬が熱くなった。