【惑溺】わたしの、ハジメテノヒト。
 

「……何?」

ゆっくりと振り返る。
そしてあたしを見る。

西野くんがあたしを見ている。

それだけであたしの心臓がドキドキと騒ぎだす。

「か、帰るの? まだ授業あるよ?」
「雨降りそうだから、帰る」

彼の言葉に窓の外を見上げると、確かに灰色の雲が空一面を覆っていた。

今日の天気予報、晴れだったのに。
傘持って来てないなぁ。

そう思って西野くんの方を見ると、もう教室の中に彼の姿はなかった。

あたしは慌てて机の上のお弁当箱を片づける。
カバンに適当に押し込んで椅子から立ち上がると

「ちょっと、実花!?」

みゆきちゃんが驚いたようにあたしの腕を掴んだ。

「どこ行くの?」
「えっと……」

目を泳がせながら一生懸命言い訳を考える。

「あたし、今日生理痛ひどいから早退するって先生に言っといて!」

そう早口で言うと、みゆきちゃんの腕を振りほどいてあたしは廊下に駆け出した。

足が勝手に西野くんを追って走りだした。
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