【惑溺】わたしの、ハジメテノヒト。
彼女の細い手首についた、押さえつけられた長い指の跡がやけに赤く鮮やかだった。
彼女は放心したようにだらりと両手を下ろして
「なんで……?」
と小さくつぶやいた。
「あたしはリョウのためになんでもしたのに。こんなに尽くして貢いだのに。リョウのためなら、死んだっていいのに……。
こんなに愛してるのに、どうして、そんな冷たいこと言うの……?」
どこか一点を見つめながら虚ろな表情でそう言う彼女に
「一方的に愛情を押し付けられても、迷惑なんだよ」
リョウくんは蔑むような表情で静かに吐き捨てる。
「………っ!!!」
リョウくんの冷たい言葉に、彼女の顔が歪んだ。
大きな瞳から今にも零れ落ちそうな涙をこらえて唇をかみしめている表情は、見ているだけで心が痛んだ。
「……最低っ!! もう、別れる! リョウなんて、顔も見たくないッ!!」
細い身体から絞り出すようにしてそう叫ぶと、彼女はリョウくんを一度も振り返らずに玄関から出て行った。
彼女がいなくなった後には、ふわりと甘い香水の香りだけが残った。