Rainy day



彼のその冷静な言葉に、何も上手く返すことができなくて。


さっきまで気分はハッピーで、傘も返せてスッキリしたはずなのに。

外して首にかかったままのイヤホンからはシャカシャカと明るいメロディーが流れているのに、彼の淡々とした低音が、やたらと胸に突き刺さるのは なんでなんだろう。


なんでか分かんないけど、涙が出てしまいそうで、言い返す言葉が見つからない私は俯くしかなかった。










「…けい。長谷川 恵。」



ぽんぽんと再び頭に重みを感じて、ゆっくり顔を上げる。


「なんちゅう顔してんの。」


情けない顔しないの そう言って目の前の彼は優しく笑っていた。



「はせがわ…さん?」

おずおずと問いかけると

「そ。 ちょっと揶揄いすぎたかな?ごめんな?」

あまりにも必死だったからさ って、そう言って笑うこの人は、やっぱり意地悪な人なのかもしれない。








「…で?お嬢さんのお名前は?」


「舞花。安藤 舞花…です。」



名前を告げると、彼、長谷川さんは顎に手をやり少し何かを考える素振りを見せた。

「お礼と言ってもねぇ…。大したことをしたわけでもないし、現役女子高生に見返りを要求するほどおじさんも廃れてないからねぇ…。」

冗談っぽく笑みを浮かべてそう話す長谷川さん。

「おじさんって… 長谷川さんおいくつなんですか…?」

まじまじと上から下まで長谷川さんを眺める。
背高いなぁ…180くらいあるのかなぁ…。
傷みなんて知らないんじゃないかってくらい黒髪はつやつやで、スッと通った鼻筋に、細いフレームのシンプルな眼鏡がよく似合う。


「ん?今年で32になるね。」

「さっ…!?え?ほんとに??」

「嘘付く意味ないでしょうが。」

まぁ若いってよく言われるがね。そう言いながら何事も無かったかのように綺麗に締まっているネクタイをぐいと緩めた。


「24くらいかと思ってた……。」

思わず本音を零せば

「ハハ、そりゃご期待に添えず申し訳なかったね。
…ま、そういうわけで。三十路男が女子高生にお礼されるのも変な話デショ?
だから気にしなくていいよ、ほんとに。」



遅いから気をつけて帰るんだぞ。



それだけ言って、長谷川さんは振り返りもせず行ってしまった。



「……今の台詞は確かにオジサン臭い。」



私の独り言はまたしても長谷川さんに届くことはなかった。








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