あなたの心を❤️で満たして
「……今日もこれを着て行こう」
黒のレースカーディガンを上に羽織り、見た目だけは喪中だと主張する。
髪の毛をストレートのままにして、カチューシャを頭に乗せたところで廣瀬さんが戻ってきた。
「廣瀬さん、私、少し出掛けてきますから」
キッチンにいる彼女に声をかけると、どちらへ行かれますか?と問われた。
薬科大の和田教授に会いに行くと言えば、自分も付いて行きます…と言われそうな気がして、お世話になった近所の人達にお礼を言いに…と噓を吐いた。
(ごめんなさい。廣瀬さん)
胸の中で手を合わせる。
廣瀬さんは、それならタクシーを呼びましょう…と言ってくれて、直ぐに連絡をしてくれた。
十分もしないうちにタクシーは家の前に到着し、外のインターホンが鳴る音が聞こえた。
「それじゃあ行ってきます」
パンプスを履くと見送りに来ていた廣瀬さんに声をかけた。
通帳と名刺とを入れたバッグの紐をきゅっと握り、踵を返して外へ飛び出す。
パタン…とドアを閉めた瞬間、もしかしたら今夜から此処へは戻らないかもしれない…と思った。