あなたの心を❤️で満たして

「あの……貴女は？」


赤い唇が開き、漏れてきた声は落ち着いた大人のトーンだった。明るめな感じの声で、ビクッとなりながら会釈をした。



「初めまして。私、黒沢の妻で留衣と申します」


まさか家出しようと決めた日に、他人にこんな自己紹介をする羽目になるなんて。


何の因果だろうか…と思いつつ彼女の方に視線を上げれば、相手は目を開いたまま呆気にとられていてーー。


「あの…？」


小首を傾げると相手の女性はハッと我に戻り、きゅっと肩を窄めて私に会釈を返してきた。


「失礼致しました。まさか、本当にご結婚されたとは思いませんでしたので…」


「え？」


どういう意味よ、それ。


怪しそうに目を向けると彼女は少しだけ微笑み返し、ふ…と息を吐いてからこう言った。


「初めまして。私、白沢薬品研究所の職員で蒲池（かまち）と申します」


スーツの上着から名刺入れを取り出し、その一枚を引き抜くと私に向けて差し出してくる。
それを受け取る為に側に近付くと思っている以上に背の高い人でーー。


（わぁ…モデルみたい…）