身代わりの姫
広い甲板から船室に入り、引かれるまま階段をあがり、テラスのようになっているところへ出ると、外にいる兄である王太子と護衛隊が見えた。
笑顔で手を振っていると「錨をあげろ!」と隣のジルが低い大きな声で言い、少し船が揺れた。
「出航!」
ジルの声に汽笛が鳴り、ゆっくりと船が進み始めた。
ゆっくり離れていく港に、大きく手を振って、見送ってくれる兄や護衛隊、離れたところにいる民の姿を、目に焼き付けた。
見えなくなるまでそこにいた。
ジルも何も言わなかった。
遂に人影も分からなくなり、船室に入った。
小さいけれど、革張りの応接セットがあり、小さな洗面台もある。
「何か飲むか?」
「いえ……」
「船旅は初めてか?」
「はい。船旅に限らず、他の国に行くのも初めてです」
「そうか。この部屋は俺の部屋で、寝室は別にある。
今日は数時間で着くから泊まることはないが、寝室も見てみるか?
他国に招かれたら、一緒に行くことになる。
こっちだ」