冷徹社長の容赦ないご愛執
「これ干潟っていうんですよね。初めて見ました」

「今はちょうど干潮で、六キロ先まで潮は引いとるやろうね」

「へえ、そんなに。
 月の引力、か……まさに神秘だな」


 なんにもないところだと、散々言っていた私の心配をよそに、社長は美しい景色に目を細めてくれていてほっと安心する。

 絶景を見つめる横顔の綺麗さにときめくとともに、仕事のこととお魚のことしか頭にないんじゃないかという社長への偏見は弾き飛ばされた。


 しばらくのあいだ景色を眺めたあと、満足したらしい社長に続きタクシーへと引き返す。


「よくご存じでしたね、干潟のこと。向こうの国ではほとんど見られないのに」

「ああ、海は好きだからな。知識だけは持ってた」


 コートのポケットに両手を突っ込み、肩越しに振り向いてくる切れ長の瞳に、不意に胸が飛び跳ねる。


「そ、そうですか……」


 どきどきと動揺する心臓を堪えて、社長から目線を外した。
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