常務の愛娘の「田中さん」を探せ!
「きみのお兄さんは、T大法学部を卒業して金融庁にお勤めなんだよね?」
亜湖の六歳上の兄、田中 諒志は金融庁の国家公務員一種試験を経た……つまり、キャリア官僚だった。
実は、亜湖に対しては父親と肩を並べるほどの溺愛ぶりなのだが。彼の仕事は激務のため、新宿にある国家公務員宿舎で一人暮らしをしている。
「もちろん、仕事上でも金融庁にはお手柔らかに願いたいっていうのもあるけどね。僕も大地も私大だからさ。国立大に繋がる人脈はうれしいんだ。しかも、旧帝大だしね」
すると、ハッと気づいたのか、
「もちろん、亜湖ちゃん自身がすばらしいのは言うまでもないだろ?」
あわてて言い添えた。
「なんたって『大奥の総元締め』だもんね」
亜湖の表情がだんだんなくなって、日本人形そのものになっていってることを、水島は気づいているだろうか。
「……買いかぶりですよ、水島課長」
亜湖は静かな声で言った。
「大奥には正真正銘の『お局さま』たちがいるんです。わたしはただ、その方たちの機嫌を損ねないよう立ち回っているだけです」
丸の内の本社にも、兜町の本店にも、大奥と名のつくところには、プライドの塊の、ややこしい先輩方が魑魅魍魎のようにいる。
亜湖がこの歳で主任に昇進したり、後輩や他支店の事務職から慕われたりすればするほど、おもしろく思わない人も出てくる。
それでも亜湖は、中学・高校・大学と女子ばかりの中で過ごしたスキルをフルに活かして仕事をしているのである。
「僕は一刻も早く、社内の書類や伝票類を電子化してペーパーレスにするシステムにしたいんだ。だから、亜湖ちゃんの大奥への影響力に期待してるんだよ。僕だけじゃない、大地もだ」
水島は丸の内に戻ったらきっと、以前在籍していたI Tシステム本部の本部長になるのだろう、と亜湖は思った。
「ペーパーレス化については、わたしも同意見なので協力します。ただ、最初はとまどう部署もあるとは思いますが」
亜湖がそう言うと、水島は王子さまスマイル全開になった。
「ありがとう、亜湖ちゃん!」