常務の愛娘の「田中さん」を探せ!

「……いらっしゃいませ、大地さま」

一分(いちぶ)の隙もないバーテンダーが会釈する。きっと還暦を過ぎていると思うが、背筋がピンと伸びている。

「おーっ、久しぶりだな、杉山!」

大地はいつものように元気よく挨拶した。

「あ、とりあえずビール」

杉山は微笑んで肯いた。

「おまえ、カクテルが好きなのか?」

亜湖がすでに呑んでいた針葉樹林を見て、大地は尋ねた。

「ビール、飲めないから」

……そういえば、先刻(さっき)の呑み会でも乾杯のときのビールがほとんど減っていなかったな。あとは烏龍茶を飲んでたみたいだし。

「酒、弱いんだな」


結局、山田主催の営業二課と営業事務課の合コンと化した呑み会に大地も亜湖も参加することになったが、二次会でカラオケに行くというところで離脱した。

呑み会では、亜湖から席を離された大地が、上條課長と同じテーブルで浮かれまくっている「営業事務課(大 奥)事務職(奥女中)」たちをきっぱり無視して、ものすごい目力で亜湖に視線を送っていた。

にもかかわらず、亜湖はその視線をきっぱり無視し、同じテーブルにいる山田と後輩の西村が座を盛り上げてくれるのを楽しんでいた。

だから、大地は亜湖が席を外したときを見計らって彼女を死角になるところへ連れて行き、一次会が終わったあとにこの店に来るように言ったのだ。

ひさしぶりに見た亜湖を(といってもほんの二、三日見なかっただけなのだが)大地は抱きしめたくなるのを必死に(こら)えた。


「ここ、わかりにくかっただろ?迷わなかったか?」

亜湖は首を振った。

「あ、そうか、親父さんか……田中常務もここの常連なんだろ?」

ちょうど、大地の目の前にビアグラスとお通しのピンチョスを差し出した杉山に訊いた。

「東京にお戻りの際はお立ち寄りくださってますよ」

杉山は、にこにこしながら答えた。
亜湖の表情が一段と固くなった。

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