常務の愛娘の「田中さん」を探せ!

「……亜湖さま、この間のものをお呑みになりますか?一本、ご用意しておきました」

亜湖のグラスが空になっていた。

「今日もあるんですか?……じゃあ、お願いします」

杉山は肯いて、ボトルがずらりと並んだバックバーの方へ振り返った。
大地は、なにを呑むんだ?という顔をしている。

杉山が出してきたのは「久保田」の萬寿だった。新潟の純米大吟醸酒である。

「呑み屋さんでは百寿や千寿は見かけるんだけど、萬寿はめずらしいから」

もちろん、久保田の中では最高級だ。

……今日はきっと、上條課長の奢りだと思うし。

亜湖は差し出された萬寿をくーっと呑んだ。

「亜湖さまは冷酒用のグラスでは小さすぎましたね」

杉山は今度はビアグラスに萬寿を注いだ。
これで少しは間が持つだろうか?
とにかく、亜湖の呑むピッチが早いのだ。

先週、亜湖のこのペースにハマって、水島も蓉子もテキーラ対決をやってしまうほど酔っ払った。
いつもの蓉子は、亜湖のこのペースに呑まれないように心がけていたのだが、水島がいたので調子が狂ってしまったのだ。

「……おまえ、ビール呑めねえくらい酒が弱かったんじゃなかったのかよ?」

大地は亜湖のピッチに負けまいと、ビールをまるで麦茶のようにどんどん流し込む。酒には自信がある。

「ビールが呑めないだけです」

大地は先刻(さっき)の店で亜湖が烏龍茶を飲んでいた、と思っているが、あれはウーロンサワーで、飲み放題の居酒屋の薄い酒とはいえ、ジョッキで五杯は呑んでいた。

亜湖は大地の様子を横目でちらりと見て、萬寿をまるで水のように呑んでいった。

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