常務の愛娘の「田中さん」を探せ!
ひとしきり泣いて落ち着いた亜湖は、また久保田の萬寿を呑んでいた。
「あ、また一本空けそう」
杉山が引っ込んだまま出て来ないので、手酌でやっているのだが……
大地はアイリッシュ・ウィスキーのグレンダロウのロックをグラスにダブルどころかトリプルフィンガー以上に注いで、くいくい呑んでいる。ちなみに氷は地球のように真ん丸だ。
その大地が仰け反っていた。
「おまえ、まさか先週……それを一本全部、一人で呑んだのか?」
亜湖がビアグラスにどっこいしょ、と注いでいるのは一升瓶だった。彼女はこくん、と肯いた。
「お酒は、呑み会でお持ち帰りされないようにって、父親と兄から鍛えられたんです」
亜湖が心配なのはわからなくもないが、ちょっと方向が違うような……と大地は気が遠くなった。それに……
「兄?……おまえ、兄貴もいるのか!?」
また亜湖はこくん、と肯いた。
その上、兄貴まで出てきて、亜湖を手に入れるのは途方もなく大変だということを、今さらながらに感じた。しかし、諦めるつもりは毛頭ない。
「あれ、上條課長はご存じなかったんですか?
水島課長はご存じでしたよ?T大を出て金融庁に勤めてることなど」
……ずいぶん厄介そうな兄貴だな。父親に負けず劣らず溺愛してそうだし。
大地は顔を顰めた。
「『課長』はやめろ。まるで不倫カップルみたいじゃないか」
亜湖はふふっ、と笑った。
「だいたい、おれが『亜湖』って呼んでるのに、なんでおまえが『課長』って呼ぶんだよ」
彼女の鈴のような笑い声が二人きりの店に響いた。その瞬間、亜湖は大地に引き寄せられ、ぎゅーっと抱きしめられた。
「……やっと、笑ってくれたな」
ホッとした、掠れた声だった。