常務の愛娘の「田中さん」を探せ!

「……はぁ!?」

大地は素っ頓狂な声を上げた。
亜湖は先刻(さっき)までとは打って変わって、冷ややかな目をしている。

「だれから聞いた?蓉子か?」

亜湖はぶんぶんと首を振った。

「じゃあ、ビルマか?」

亜湖は動かない。

「ビルマだな!?」

……慶人の野郎、今度会ったらただじゃおかねぇ。

「確かに、田中常務の娘を探してたのは本当だ」

亜湖は、否定しないのね?という顔をした。

「だけど、『常務の娘』ってのも含めて亜湖じゃないのか?おれは会社の中では『専務の息子』を背負って仕事してるぞ」

大地は亜湖の両肩に手を置いて言う。

「わたしは……あなたや水島課長のように強くないから」

亜湖は目を伏せる。

「わたしは、昇進なんてしたくなかった。ただ、管理者IDが使えればそれでよかったの」

丸の内の本社の営業事務本部では、一年目の()新人から全国の本支店の顧客情報を見て業務ができた。それが、この春、兜町の本店に転勤するよう内示が出て、本店では主任以下は本店内の顧客情報しか見られないという。

サラリーマンだから、転勤に関しては文句はない。ただ、兜町に移っても、きっと全国の顧客情報を必要とする仕事になると亜湖は思っていたから、どうしても管理者IDの権利がほしかった。
だから、転勤の条件にそれを出した。

すると、社内規定で権利を行使するためには役職が必要ということになり、亜湖は四年目で主任という異例の昇進をすることになる。

「わたしが常務の娘って知られたら、父が職権を使ったって思われるわ」

亜湖は(かぶり)を振った。

「父が仕事で身内に便宜を図ってる、と思われるのがイヤなの」

亜湖は大地を見た。

「父は確かにわたしを溺愛しているわ。
でも、だからといって、仕事で便宜を図ったりなんて絶対にしないわ」

大地は肯いた。田中常務はそんな人じゃない。

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