常務の愛娘の「田中さん」を探せ!
Intermission
* 閑話休題 *
遡ること二ヶ月前……
東京本社での重役会議が終わったあと、(株)あさひ証券常務取締役の田中 清志は社長室にいた。
社長の水島 壮一郎と専務の上條 真也は同期で、田中は二期下の入社だ。
「……堅い話はもういいじゃないか。せっかく、専務は大阪、常務は名古屋から来たんだし」
大きな窓を背にして一人掛けのアームソファに座った水島社長が、秘書が淹れたコーヒーにミルク(といってもコーヒーフレッシュ)だけを入れながら言った。
「それなら、田中常務に訊くが……」
そう言って、社長の右側にある客用のロングソファに座った上條専務が、コーヒーを一口飲んだ。彼はブラック派だ。
「いつになったら、うちのバカ息子におたくのお嬢さんを紹介してもらえるのかな?」
……また、その話か。
社長の左側、つまり専務の対面にあたる客用のロングソファに座った田中常務は、うんざりしながらコーヒーに砂糖とミルクの両方を入れた。
「大地君には東京本社の秘書室の……なんと言ったかな……もうすでにお相手がいるじゃありませんか。親が勝手にしゃしゃり出てはいけませんよ?」
「あぁ、篠原君だね?……でも、彼女なら確か」
と言って水島社長がちらり、と上條専務を見る。
「大阪支社の経営企画部の伊東君と結婚したよね?」
……ええっ!? いつの間に!?
「一時は大地と彼女がこのまま結婚、ってことになったらと、私も紗香もやきもきしたんだが」
上條専務は不敵にニヤッと笑った。紗香とは彼の妻で、創業家の朝比奈一族の出だ。
「どうやら別れたみたいなので、復縁しないように、私の秘書として大阪に連れてきた」
……なんだって!?
「そしたら、私の部下の伊東が彼女に一目惚れしてね。ヤツはD大のラグビー部出身でウイングだったから『ボールを持ったらその俊足で一目散に走ってトライしろ!』って焚きつけたら、そのとおりになったよ」
上條専務は声を上げて、豪快に笑った。
なぜか水島社長まで、はっはっは…と愉快そうに笑っている。
……なにがおもしろいんだ?
普通、息子のことでそこまでやるか!?
金も地位も名誉もある、ちょい悪オヤジ風の、まだまだイケてる二人なのに。
田中常務には時代劇に出てくる悪代官と越後屋にしか見えない。
腹黒さが……半端ない。