常務の愛娘の「田中さん」を探せ!
田中常務はゾッとした。身の毛もよだつ、とはまさにこのことだ。
朝比奈のパーティに翌年から娘を連れて行かなかったのは、ひとえに専務の息子から引き離すためだった。
よりによって専務の息子は、小学生にもかかわらず、不埒にも初対面の娘にキスしてプロポーズまでしたのだ。専務の息子の大地は、『大人になったら迎えに行く』などという、田中常務にとっては「呪いの言葉」を愛娘の亜湖にかけた、とんでもない悪童だった。
それから毎晩、田中常務は眠りにつく亜湖に、
『忘れろ……忘れろ……忘れちまえ……』
と逆に呪文をかけて、ついに大地に関する亜湖の記憶をキレイさっぱり消してしまった。
あのときの亜湖に呪文を唱える自分を見る、妻の敦子の軽蔑し切った冷ややかな目を、田中常務は今でも忘れることができない。
そのような多大なる犠牲を払ってまで、田中常務は本懐を遂げたのだ。
今さら、あの大地に亜湖を会わせて、あの忌まわしい記憶を呼び覚まさせるわけにはいかないのである。なんとしても、大地の魔の手から、亜湖の未来を守り通さねばならないのである。
今、その亜湖はあさひ証券に入社していた。
しかし、「常務の娘」であることは「プライバシー」を盾にして「コンプライアンス」を矛にして人事部を脅し……いや「協力」してもらって、トップシークレットにしてある。
この春から大地が勤務する本店に、亜湖が異動になったことが少し気がかりではあるが……それも、来年ヤツが本社に転勤するまで亜湖の身元がバレなければいい話だ。