常務の愛娘の「田中さん」を探せ!

「ところで……偶然にも」

上條専務が口火を切った。

「本店に常務と同じ名字の子がいるよな?」

田中常務の心臓がどきり、とする。

「『田中』はよくある名前だから、そりゃ何人かいるだろう?」

水島社長が(いぶか)しむ。

「本店の営業事務に、すごい子がいるそうだ」

上條専務の言葉に、田中常務の心臓がバクバクしてきた。

「なんでも、本社の営業事務本部にいた頃から、『大奥の影の総元締め』と言われてたらしい」

田中常務の心臓が、まるでライブでのドラムソロみたいな様相を呈してきた。

「あぁ、本社から本店に異動するにあたって、管理者IDを希望した子だろう?」

水島社長は思い出したようだ。

「特例で、入社三年で主任に抜擢する人事を通した子だね?」

「そうそう、その子だ」

上條専務がうれしそうに笑った。

「その子がね、偶然にも『田中』っていうんだ」

若い頃から専務は、笑うといつものクールな感じが和らいで少年のようになる。

水島社長はなおも言う。

「だが『田中』はよくある名前じゃないか?」

そして、かつて「王子さまみたいだ」と女子社員たちに騒がれた優雅な微笑みで、田中常務の方を見る。

「そうだろう?……田中常務」

だが、その目は決して笑っていなかった。


自分の心臓はとてもこれ以上は持たない、と田中常務は思った。秘書室に駆け込んでAEDを強奪したい気分だ。

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