常務の愛娘の「田中さん」を探せ!
インターフォンの音に弾かれるようにして、二階の自分の部屋に「籠城」していた亜湖が、玄関へ駆けて行った。
そして、上條 大地を伴って二人でリビングに入ってきた。
彼は細身のダークブルーのスリーピースにレジメンタルタイの姿をしていた。
サマーウールのスーツはよく見ると、濃淡で表した極細ストライプになっていて、レジメンタルタイはボルドーとブルーがメインで差し色にマスタードが使われていた。
黒々とした前髪はヘアワックスで、後ろへ流す感じにしている。
緊張のせいか少し固い表情が、逆に引き締まった精悍さを醸し出していた。
「きゃあーっ!若い頃の上條営業課長そのものだわぁーっ!!」
敦子はあさひ証券のOL時代に戻って、頬を真っ赤っかに染めた。田中常務はそんな妻を横目でギロッと見た。
「昨日は失礼を致しました」
大地は深々と頭を下げて、手土産を差し出した。亜湖のレクチャーどおり、母親の大好きなパティスリーのケーキと、父親の好きな薩摩の芋焼酎「赤霧島」を持参した。
昨日の夜、大地と亜湖は今日を乗り切るための「対策会議」を長時間にわたってLINE通話で行っていた……ま、ほとんどが恋人同士の甘い会話だったが。
「まぁ、お気遣いありがとう。どうぞ、かけてちょうだい。大地くん」
敦子は、田中常務の対面のロングソファに腰かけるよう勧めた。
「亜湖、手伝ってちょうだい」
ソファやテレビが置かれたリビングの向こうにダイニングキッチンがある、典型的な造りだったが、さすがに上場企業の常務まで上りつめた人の自宅だけあって、かなり広々としている。
決して雑然としているわけではなく、むしろセンスのよさが感じられるくらいなのだが、空々しさがまるでなく、ちゃんとここで暮らしているのだなと思える生活感があり、それが自然と気持ちを落ち着かせる。
亜湖がこの家でどんなふうに育まれてきたのかを彷彿とさせていた。
母と娘はアイランドキッチンで、お茶の用意を始めた。背格好も、顔立ちも、判子のようによく似た母娘だった。
しかし、大地が彼女たちを見ていると、不意に別の人の顔が思い浮かんだ。
それは、自分の母親の顔だった。
なぜか、伯母で水島 慶人の母である清香よりも似ている気がした。
大地が持ってきてくれたケーキを皿に乗せながら、亜湖はきりんのように首を伸ばしてソファの方を絶えず窺った。
「……常務は今日中に名古屋にお戻りにならねばいけませんし、ご多忙の中、時間も限られていることと思いますので、単刀直入に言わせていただきます」
大地は神妙な面持ちで口を開いた。