常務の愛娘の「田中さん」を探せ!
……亜湖の、T大卒の金融庁のキャリア官僚の兄貴って、諒志先輩のことだったのか。
「田中」という名字の先輩が他にもいたので、名前の方で呼んでいたことに気づいた。
歴史と伝統のある私立の中高一貫の名門男子校は卒業生の進路がいろんな大学や企業に渡るため、いろんな人脈を形成することができる。
「おう、ひさしぶりだな、大地。
確か親父さんと同じあさひ証券に入社したんだったな?高校のときからデイトレードで大儲けしてたから、証券会社は天職じゃねえのか?」
諒志のためにお茶を淹れようと席を立つ敦子と入れ替えに、諒志がソファにどかっと座った。
「社会勉強でちょっと遊んでた程度っすよ。今は営業なんで、毎日、顧客の機嫌を取ってますよ」
実は、この春引っ越したタワーマンションは学生時代に株式投資で儲けた金で購入したのだが。
「慶人も親父さんのあさひ証券だろ?
……ヤツは元気か?」
「元気っすよ。ヤツも営業っすけど、がんばってますよ」
二人の口調は、すっかり男子校時代に戻っていた。高等部二年の諒志が生徒会長をしていたとき、高等部一年の大地と慶人が副会長だったのだ。
頭脳明晰な諒志の繰り出す大胆な学園改革に翻弄されながらも、有言実行とはいうが自らはあまり動かない諒志の手足となって、大地も慶人も奔走させられた。明治から続くというだけの不条理な校則や校風と、懸命に対峙したあの日々が懐かしい。
「あの『テニス部の王子さま』が営業?
……そりゃ、キツいだろうな」
テニス部だった慶人は、対外試合に行った先の女子生徒からそう呼ばれていた。
「腹黒なのは相変わらずですが、見た目がソフトで小器用なヤツだから、成績は悪くないっすよ。お互い同じ本店の営業課長で、営業部長に無理難題言われながらも切磋琢磨してます。でも、おれも慶人も、来年には本社に戻れるんで……」
つい話が弾みそうになっていると、亜湖が大地のスーツの袖を、くいくいっと引っ張る。
蚊帳の外になっていた田中常務の顔が引きつっていた。
「あれ、亜湖……なんで、大地の隣に座ってるんだ?」
諒志がきょとんとした顔になる。
「あの……先輩、実は今日、亜湖さんと結婚を前提としておつき合いしたいことをお願いに……」
大地が今日この家を訪れた理由を、話そうとすると……
「……もしかして、大地……
おまえ……亜湖に……?」
心なしか、諒志の顔色が青ざめてきたような……
くちびるがぶるぶると、震えているような……
「おまえっ……おれの妹に……手ぇ出したのかっ⁉︎」