溺甘豹変〜鬼上司は私にだけとびきり甘い〜
「あらやだ、九条さん。早かったわね」
悪びれる様子もないユリさんがそう言いながら私を開放する。なにがなんだかわからなくて、その場でキョトンとするばかり。
「いい加減にしろよ、お前は」
「だって、あんまり西沢が可愛いからつい」
「完全に固まってるぞ、どうすんだよこれ」
呆然とする私の傍らで二人は好き勝手に会話している。話題の中心は私なのに。
「キスする時間くらいほしかったな~」
「バカいうな」
「九条さんのケチ」
ユリさん本気だったのだろうか。悔しがっている様子は嘘に見えなくて、俯いたまま赤面する。
「この固まっているやつ連れて帰るけどいいか?」
「どうぞお好きに。今度泣かすような真似したら本当に食べちゃうからね」
綺麗に口元に弧を描きながらユリさんがじゃあね、と手を振る。結局私一人最後まで理解できず、九条さんに連れられるがままユリさんのお店を後にした。