溺甘豹変〜鬼上司は私にだけとびきり甘い〜
それから九条さんは無言でひたすら作業を進める。私はおばちゃんと一緒に、消毒作業へとまわることにした。
いつもは常連さんや、おばちゃんの声で賑わっているここも、今は泥を掻き出す音と、私たちの息遣いだけが響く。とにかく暑くて、サウナのような室内で三人で黙々と作業をした。
少しして、泥で覆われていた床が見え始めた。重くて全然言うことを聞いてくれなかったスコップを巧みに扱って、九条さんが一人でやってくれたのだ。
さすが男の人。もう私なんかとはパワーが違いすぎる。タフで、そして圧倒的。滴る汗すらも神々しいものに見えた。
◇
ある程度まで片付いたところで、明日には役所の人が来てくれるからもう大丈夫だというおばちゃんの言葉に、私と九条さんは日の落ちる中、福々亭を後にした。
「あの、ありがとうございました」
お店が見えなくなったところで、無言で隣を歩く九条さんにそう声をかける。
「たいしたことしてねぇよ。それに俺もあの店には早く再開してもらわないと困るし」
「ですよね。私も。あ、あとすみませんでした。仕事放ったままで」
今から戻って頑張らなきゃ。