溺甘豹変〜鬼上司は私にだけとびきり甘い〜
「ユリはフォローしてやってくれ」
「了解」
ユリさんはそう言ってちょっとお手洗いと席を立つ。必然と二人きりになって気まずさが襲う。
「九条さん、この前はありがとうね」
そんな私たちの雰囲気を、おばちゃんの明るい声が裂いた。
「いえ、たいしたことしてませんから。それに来るたびに言わなくてけっこうですよ」
そう言いながらちょっと呆れたように微笑む。その顔に思わずドキリとする。強面からは想像もできないその隠された素顔。こっちがくすぐったくなって、何度見ても飽きないというか、見入ってしまう。目尻がちょっと下がって可愛いんだ。
「なに言ってんの。何回言っても足りないくらいよ。それに泥だけでも掻き出してくれてたから早く再開できたのよ。役所の人もそう言ってた」
そっか。じゃああの時の作業はすごく役にたったんだ。
「二人とも、今度お礼させてね」
「そんな。私はおばちゃんのごはんが食べられるだけで幸せですから」
そう言うとおばちゃんが優しく微笑む。おばちゃんのこの笑顔も、この場所も失わずにすんでよかった。それもいつの間にかここの常連になってしまった九条さんのお陰。