隣人はヒモである【完】
「……ほんとにですか?」
「ほんとです」
「ほんとに」
「ほんとです」
「そうですか」
「そうです。……一つ聞いてもいいですか?」
一瞬安堵の表情を見せた彼女は、あたしが切り出した瞬間、最初のころのように顔をこわばらせた。
「……なんでしょうか」
そんなにあの人が大切なんですか? 好きなんですか?
どうしてそこまで必死になれるんですか?
聞きたかったけれど、どれも始めて会話を交わす相手に投げかけていい問いではないことを知っているので、黙ったまま首を振った。
「なんでもないです」
「……そう、ですか、あの、すみませんでした。いきなり押しかけてしまって。私、ずっと朝から不安で、居ても立っても居られなくなってしまって、」
「いえ、」
秋元さんは根はまともな人らしく、ひとしきり申し訳なさそうにしたあとに、じゃあ夕飯の支度があるのでと丁寧な断りを入れてから、お隣の自分の部屋へと戻って行った。
カギを掛けなおしてから、ああ可哀そうな人。なんて哀れなヒト。秋元さんのことをそう考えつつも、少しだけ羨ましく思っている自分に気付く。
周りが見えなくなるほど人を好きになるってどういうことなんだろう。
あれほどまでに、盲目的に何かに夢中になることがあたしにはできない。
今までそう思えるような人や物はあたしの周りにひとつとしてなかった。
高校時代初めて付き合った彼氏には、つまらない空っぽな女だと言って振られた。
――もし、あの男が彼女の前から姿を消したら。ある日突然去っていったなら。
あの人は死んでしまうんではないだろうか。