隣人はヒモである【完】
かんかんかんと音を立てて鉄筋コンクリートでできた階段を上る。
ふっと顔を上げると、あたしの部屋の前に誰かうずくまってるのが見えて、一瞬どきりとした。
えっ、なに? 誰? るいくん? は、自分の家でしょ。まずあたしの家教えてないし。
影は明らかに大きくて、男の人。だと思う。ええ。誰だよ、勘弁してよ。
知り合いってことはないと思うけど。あたし誰にも自分の家教えてないから。
女子大生殺害ストーカー事件。物騒なタイトルが頭の中でぽわんと浮かんだけど、まさかね、まさかね、と二回唱えて何食わぬ顔でそっと歩き出す。
こういう時、オートロック付きのるいくんちのマンションが羨ましく思う。
だけど数歩進んだところで、その男がうずくまっていたのはあたしの家の前じゃないことに気付いて、ああとちょっとばつが悪くなった。
お隣さんの方だった。
ヒモのおじさん。なんだ。不審者じゃなかった。
けど、あたしの部屋に入るにはこの男の前を通り過ぎなければならないのが億劫だ。不気味。何してるんだろう?
ついにあの人、秋元さんに追い出された? そんなまさかね。この前あれだけあたしに嘆願しといて、そう簡単に縁を切るはずがない。
ちょっと気になりはするけど、わざわざ声かけるのもね。
なるべく気配を殺しながら、そっと隣人の前を通り過ぎて、挨拶すべきか一瞬迷ったけれど、向こうから話しかけられたら応えることにしようと決め、鍵穴に鍵を通した。