それでもあなたを愛してる
その夜、
父が私の部屋へとやって来た。
「佐奈。この間の縁談の話なんだがな、相手はなかなかの好青年なんだよ。会えばきっと佐奈も気に入ると思うんだ。来週にでも、食事会を兼ねて会ってみないか?」
何もなかったような顔で無神経なことを言う父に、物凄く腹が立った。
『嫌だ』と即答すると、父は私を諭すようにこう言った。
「お父さんはな、佐奈の為を思って言ってるんだよ。もういい加減に真崎のことなんて忘れなさい。ちゃんと自分の幸せを見つけるんだ。こんなところで、いつまでも拗ねてたって仕方がないじゃないか」
私は父の言葉にカッとなった。
「何よ!誰のせいでこうなったと思ってるのよ!お父さんが余計なことを圭吾に頼んだからじゃない! 二年前にきっぱりとフラれてたら、ここまで深く傷つくこともなかったのに! いつまでもこんな所にいちゃいけないなら、お望み通り出てくから!」
こうして、父に怒りをぶつけた後、私はあの日のように家を飛び出したのだった。
……
『佐奈! 良かった。無事だったか』
大学生になりたての頃。
初めて訪れた渋谷の街で友達とはぐれ、迷子になっていた私を圭吾が見つけてくれた。
『圭吾~~怖かった』
あの時の私は圭吾の胸に飛び込んで、子供みたいに泣いたのだ。
『ヨシヨシ。怖かったよな。もう大丈夫だからな』
圭吾は私の頭を撫でながら、優しく抱きしめてくれた。
『でも、どうして私の居場所が分かったの? さっきの電話では上手く場所なんて伝えられなかったのに』
そう…。
私は圭吾に助けてと電話をしたけれど、自分がどこにいるかなんて説明できなかった筈。
それなのに、圭吾はすぐに飛んで来てくれた。
『それは、佐奈の携帯にGPSがついてるからだよ。俺は佐奈がどこにいても、ちゃんと助けに来るからな』
にこっと笑った圭吾の顔が涙でぼやけていった。
「お客さん、着きましたよ」
運転手さんの声でハッと目が覚めた。
そうだ。
ここはタクシーの中だった。
昔の夢なんて見たから、うっすらと目に涙が滲んでいた。
「あの、おいくらですか?」
「7000円です」
私はお財布を出して、一万円札を手に取った。
「じゃあこれでお願いします」
支払いを済まし、私は夜の街へと降り立った。
ここは、『新宿歌舞伎町』
絶対に近づいてはいけないと教えられてきた街だ。
こんな場所へとやって来たのは、父への反抗心と圭吾への当てつけだった。
きっと今頃、圭吾は父から連絡を受けて、この街に向かっていることだろう。
私の携帯には、GPSといものがついているらしいから。
『佐奈に何かあったら俺が困るんだよ。報酬がもらえなくなるだろ?』
あの日の言葉を、
私は一生忘れないだろう。
とにかく、父と圭吾をとことん困らせてやるんだから!
とは言え、
ここは、なんて騒々しい街なのだろう。
酔っ払い達が異様なテンションで騒ぎまくっているし。
まだ未成年らしき子達もたくさんいる。
一体、どうなっているの?
信じ難い光景に目を丸くしていると、スーツを来た若い男性に肩をポンと叩かれた。