それでもあなたを愛してる
「こちらのバッグは、あなたの物に間違いないですか?」
「はい! 間違いないです!」
警察署に届けられたバッグは間違いなく私の物で、中身も全て無事だった。
「ホントに良かった」
私は母の御守りを握り締めながら、ホッとため息をついた。
「不幸中の幸いでしたね。ひったくりの場合、見つかっても中の現金だけ抜かれてるケースが殆どなんですよ。今回は犯人が巡回中の警官を見て、慌てたのかもしれませんね。届けてくれた男性の話では、ビルとビルの隙間に投げ込まれていたそうですから」
警察署の職員が教えてくれた。
「あの、届けてくれた方へのお礼って…どうしたら」
「ああ…。それなら何もしなくて大丈夫ですよ。急いでいるからって名前も告げずに帰ってしまったそうなので」
「そうですか」
その後、書類上の手続きを済ませ、ようやく私達は警察署を出た。
「本当にありがとうございました! こんな時間まですみません」
付き添ってくれた西島さんに、私は深く頭を下げた。
「いえいえ、どういたしまして。とりあえず、バッグも中身も無事に戻ってきてホントに良かったね」
にっこりと笑う彼に、私は感謝の気持ちでいっぱいになる。
「あの…こんなに親切にして頂いて、私はどうお礼したらいいのでしょうか?」
こんなことを本人に聞くのはどうかと思ったけれど…。
世間の常識に疎い私は、こういう時にどうするべきなのか分からなかったのだ。
すると、西島さんは私の顔を無言で見つめた後、
耳もとで、こう囁いた。
「そうだね。じゃあ、一晩付き合ってもらおうかな」
「え?」
思わず固まる私。
それって、キス以上のことをこの人とするってこと?
いやいや、いくら何でもそれはできない。
「ご、ごめんなさい。私、そういうことは…」
私がブルブルと首を振ると、西島さんはフッと笑った。
「冗談だよ。でもね。そういうセリフを軽々しく男の前で口にしたらダメだよ? 分かった?」
西島さんは私の頭を優しく撫でると、「じゃあね」と言って去って行った。
しばらくポカンとしながら立っていると、背後から私を呼ぶ声がした。
「佐奈」
誰だかすぐに分かった。
それは、圭吾の声だったから。