それでもあなたを愛してる
「あっ!」
私は思わず声を上げた。
この人って…えっと、この間の。
そう、西島さんだ!
けれど、どうして彼がこんなところに?
私がキョトンとしている間に、西島さんはボーイに椅子を引かれ、圭吾の隣に腰かけた。
「佐奈ちゃん、ごめんね。驚かせちゃったけど、実は僕が佐奈ちゃんのお見合いの相手でした。って言っても、僕もあの後に、圭吾から写真見せられて知ったんだけどね。な? 圭吾」
西島さんの言葉に、圭吾が「ああ」と答える。
うそ…。
圭吾も知ってたの?
予期せぬ事態に、頭が混乱してしまう。
「そ、そうだったんですか。あっ…あの時は本当にありがとうございましまた!」
私はとりあえず、西島さんに頭を下げた。
あんなに親切にしてもらったのに、結局何のお礼もしていない。
名刺だって貰っていたのだから、御礼状くらい出すべきだったのかもしれない。
そんな罪悪感でいっぱいの私に、西島さんは優しく微笑んだ。
「何はともあれ、無事にバッグが戻ってきて良かったよね」
「あ、はい。西島さんのおかげです」
「いやいや、僕は大したことしてないよ。お礼ならそれこそ圭吾…ッテ」
何故か突然、西島さんが足をさすり始めた。
「あの…大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫」
苦笑いを浮かべる西島さん。
その隣で涼しい顔をしている圭吾。
後から考えれば、不自然なことはたくさんあったのだけど、この時の私はそれに気づくことができなかった。
…………
「どうだった?」
「うん。とっても素敵な人だよね」
帰りの車の中、私は正直な感想を圭吾に告げた。
西島光輝さん。26歳
サクラジューホテル専務取締役。
三人兄弟の末っ子。
お父様はサクラジューホテルの社長であり、
一番上のお兄様は副社長。
そして、二番目のお兄様はボストンにある子会社の社長をされていて、なんと圭吾のお姉様の旦那様でもあった。
気さくで人柄も良く、ルックスだって申し分ない。
彼は私には勿体ないくらいの完璧な人だった。
そして、私と結婚したら、父の会社を継いでくれるとも言っていた。
「じゃあ……彼となら結婚してもいいってこと?」
「うん。もちろん」
私は迷わず即答する。
今回の縁談は、初めから政略結婚のようなものだと割り切っていたし、生理的に受け付けない人以外なら応じようと決めていたから、何の躊躇もなくそう答えたのだけど。
「そう……分かった。返事しとくよ」
圭吾の反応は思っていたよりも素っ気ない。
もっと、嬉しそうにするかと思ったのに。
やっぱり体調でも悪いのかな。
「ねえ、圭吾…具合悪いんでしょ? さっきのワインがいけなかったんじゃないの? 例え少しの量でも『寝不足にアルコール』は良くないっていうし。運転だって本当はしちゃいけないんだよ」
そんな私の言葉に、圭吾は「えっ」と驚いた顔をした。
「もしかして、佐奈…。あれ、本物のワインだと思ってた?」
「え、違うの?」
「あれはノンアルだよ。飲む前にちゃんと教えただろ?」
「あ…私…ノンアルってワインの銘柄かと思っちゃって。確かに違和感はあったんだけど」
今になって、ノンアルがノンアルコールの意味だと気づかされた私。
世の中に、あんなに本物そっくりなニセモノのお酒があるだなんて思いもしなかったのだ。
恥ずかしさで、顔に血が登っていく。
世間知らずもいいとこだよね。
「こんなに無知じゃ、西島さんに嫌われちゃうかな……」
圭吾はそんな私の言葉に肯定も否定もせず、何故か無言のままハンドルを握っていたのだった。