それでもあなたを愛してる
パーティーの途中で、女性スタッフが私にコソッと耳打ちしてきた。
「恐れ入ります。そろそろお色直しのお時間です」
「分かりました」
そう。
実はこの後、私は着物に着替えることになっていたのだ。
私は西島さんに声をかけ、彼女と一緒に裏口から会場を抜け出した。
「こちら段差がありますので、足もとご注意下さい」
「は、はい」
案内してくれる彼女は、打合せの時に飲み物を運んできてくれたスタッフだったけれど、実はちょっと苦手だった。
ニコニコしているけれど、目の奥が笑っていないからだ。
「ところで…指輪、見つかったんですね」
彼女は私の左手に視線を向けた。
「いえ。これは父の秘書が貸してくれたんです」
「そうでしたか。早く見つかるといいですね」
「はい」
それからしばらく無言になる。
そして、控え室に着いた時だった。
ドアが閉まった途端、いきなり後ろから突き飛ばされた。
「キャ!」
床に手をついた状態で後ろを振り返ると、スタッフの彼女が恐ろしい顔で私を睨みつけていた。
「あ、あなただったのね! 噴水に私を突き落としたり、駅の階段から突き落とそうとしたり。指輪もあたななんでしょ!?」
「そうよ。全部私よ」
「何でこんなことするんですか!!」
「そんなの、あんたが私の専務を横取りしようとしたからに決まってるでしょ!! そんなことも分からないの!」
大きな声で怒鳴られた。
「こ、恋人だったんですか? 西島さんと」
もしかして、私が割り込んでしまったのだろうかと、恐る恐る聞いてみる。
すると、
「恋人ではないけれど専務は私のものなのよ。私はね、この3年間ずっと彼のことだけを想って生きてきたの。彼のことなら何でも知ってるわ。あんたを昨日マンションに泊めたこともね。まったく、冗談じゃないわ。あんたなんかいなくなればいいのに!」
彼女は大声で叫びながら、上着のポケットから果物ナイフを取り出した。
ゾクッと鳥肌が立った。
彼女はとても正気ではない。
逃げなきゃと思ったけれど、床にお尻をついた体勢でズリズリと後ろに下がるくらいしか動けない。
「や、やめて!!」
恐怖で声が震える。
「大丈夫。殺したりはしないから。お仕置きに太ももの辺りを刺すだけよ。もう怖くて彼に近づけないようにしてやるから」
フフフと笑いながら、彼女は私の足をめがけて大きく手を振り上げた。
「キャー!」
私は思わず目を瞑り悲鳴を上げた。
と、その瞬間、
「佐奈!!」と声がして、上から誰かが私を庇うように覆い被さってきた。
次の瞬間、グサッとナイフが突き刺さった音と、耳もとで「うっ」といううめき声が。
ハッと目を開けると、そこには信じられない光景が。
「うそ! やだ、しっかりして圭吾!」
そう。
私を庇ってくれたのは、圭吾だった。
腰にはナイフが突き刺さり、真っ赤な血が床へと流れ出していたのだ。
「し、知らないわよ! 本気で狙った訳じゃないのにこの男がいきなり……」
放心状態で首をブルブルと振る彼女は、駆けつけた警備員によって取り押さえられた。
「今、救急車呼びますから」
他のホテルスタッフもゾクゾクと集まってきた。
「圭吾…やだよ。死なないで、圭吾……圭吾…」
私はその間、泣きながら圭吾の名前を繰り返していた。
「佐奈……大丈夫だから泣くな」
圭吾が微かに目を開けて私の頰に手を伸ばした。
「圭吾」
「婚約パーティーなのに……不細工になるぞ」
そんな冗談を言いながら、圭吾は私の涙を拭いとってくれた。
その後、救急隊員がバタバタと入ってきて、圭吾の周りを取り囲んだ。
「意識は大丈夫ですね。止血したら病院に搬送しますので名前と年齢を教えて下さい」
「真崎圭吾、26歳…です。すいません。桜大学付属病院に搬送して下さい」
「分かりました」
そんなやり取りの後、圭吾は救急車で病院へと運ばれたのだった。