それでもあなたを愛してる
8~真崎side~
『うちの佐奈はね。母親を亡くしてからすっかり笑わなくなってしまってね。友達もできないみたいだし、どうしたものかと困っているんだよ』
秘書課に配属されて間もない頃、俺はよく社長から、佐奈の話を聞かされていた。
『そうですか。それはご心配ですね』
なんて、当たり障りのない言葉で返していたのだけど。
ある日、料亭に連れて行かれ、社長からこんなことを頼まれた。
『確か君も幼い頃にご両親を亡くされてるんだってね。どうだろう。君を私の第一秘書にするから、休みの日にうちに来て、佐奈の話し相手をしてやってくれないか。佐奈には兄弟がいないだろ? もしかしたら君のような『お兄さん』的な存在が必要なのかもしれない。ぜひ、お願いできないだろうか』
それが二年前の冬。
佐奈がまだ高校生の頃だった。
正直厄介なことに巻き込まれたと思ったけれど、サラリーマンである以上、NOとは言えず。
この『話し相手』という任務を、仕方なく引き受けることにしたのだ。
かなりの人見知りと聞かされていたから、どんなに苦戦するかと思いきや、いざ会ってみると、佐奈はすぐに打ち解けて、俺によく懐いてくれた。
そして、1ヶ月が過ぎた頃。
社長に再び料亭に連れて来られた。
『真崎くん。頼む! 1年、いや半年でいいから、佐奈の恋人役を引き受けてくれ。佐奈が毎日部屋で告白の練習をしているんだよ。どうやら君に惚れてしまったようだ。せっかく笑うようになったのに、君にフられてしまったらまたふさぎ込んでしまう。頼むよ、真崎くん。この通りだ』
社長は佐奈のことになると、冷静な判断力を欠くらしく、必死な様子で俺に頭を下けてきた。
『社長、申し訳ありません』
俺は両手をついて、社長に土下座をした。
『そ、そうか……やっぱり無理だよな』
落胆する社長に俺はこう続けた。
『いえ。恋人役ではなく、正式に佐奈さんとお付き合いをさせて頂けないでしょうか。必ず佐奈さんを幸せにします。どうか交際を認めて下さい』
そう。
6つも年下の佐奈に、本気で惚れてしまったのは俺の方。
この時の俺は、彼女を一生愛し、守っていく覚悟だってできていたのだ。
『そうか……ありがとう。ありがとな、真崎くん』
社長は俺の手を握りながら、涙を浮かべてそう言った。