それでもあなたを愛してる
翌朝、俺の体調は最悪だったけれど、西澤さんからは“腰が完治した”という連絡をもらえた。
ホッとしながら電話を切り、急いで朝食の準備に取りかかる。
頭が割れそうに痛んだ。
とにかく佐奈が起きてくる前に家を出なければ。
こんなこと、佐奈の為じゃなかったら無理だろうな。
何度もうずくまりながら、昼と夜の分のハヤシライスも必死に作る。
そして、
“仕事に行ってきます。外出するときは西澤さんに連絡するように。腰は完治したそうなので”
そんなメモと朝食をテーブルに残し、俺はタクシーで病院へと向かった。
今日は、薬が効かなくなっていることを、主治医に相談するつもりだった。
もしかしたら、緩和病棟のある病院を紹介されるのかも知れないけれど。
どちらにしても、婚約パーティーが終われば佐奈のそばにはいられないのだから、ちょうどいいのかもしれない。
検査が終わり、診察を待っている間、スマホを開いた。
佐奈はそろそろお昼を食べている頃だろうか。
つい、いつものクセでGPSまで確認してしまう。
まるでストーカーだよなと苦笑しながら画面を見ると…どういう訳か佐奈は家にいなかった。
西澤さんからの連絡は来ていないから、佐奈は一人で出かけていることになる。
しかも、駅の構内だ。
電車の乗れない佐奈がどうして?
俺は病院の外に一旦出て、慌てて佐奈に電話をかけた。
“どうしてそんな場所にいるんだ?”
そう尋ねると、佐奈は友達と料理教室に行くところだと答えた。
いつも仲良くしてくれる“万里ちゃん”と一緒らしく、電車の乗り方も彼女に教えてもらったらしい。
“それなら西澤さんに連絡すればよかったのに”と言うと、佐奈はこう答えた。
“一人で来たかったの。今までできなかったことをできるようにしたくて”
凄くビックリした。
佐奈がそんなことを言うなんて。
俺は佐奈を守ることばかりで、彼女の自立したいという気持ちに気づいてあげれなかった。
それどころか邪魔をしていたのかもしれない。
とりあえず、お友達に電話を代わってもらい俺の連絡先を伝えてから、病院へと戻った。
ちょうど戻るったところで順番がきた。
俺はある決心をして診察室へと入る。
『どうぞおかけ下さい』
主治医は脳の画像を見つめながら、ちょっと難しい顔をしていた。
『検査の結果ですが、腫瘍が大きくなっていました。薬が効かなくなったのもそのせいでしょう。思ったよりも進行が早いので、近いうちに歩行や言語などにも障害が出てくるかもしれません。お一人で暮らしてらっしゃるのなら、そろそろ入院を考えた方がいい時期かもしれませんね』
主治医の言葉はそこまでショックではなかった。
ある程度、予想はしていたことだし、自分でもそろそろ入院するべきだと思っていたから。
ただ、俺にはまだやり残したことがあった。
さっき、それに気づかされたのだ。
『すいませんが、あと一週間だけ…普通に生活できるように強めの薬を頂けませんか。例えモルヒネのような麻薬に近いものでも構いません』
『分かりました。そこまで強いものは処方できませんが…強めの薬を出しておきます。もちろん副作用のリスクはありますよ』
『はい。覚悟の上です』
こうして俺は、僅かながらも佐奈との時間を手に入れたのだった。