それでもあなたを愛してる
『おかえり、佐奈……一人で帰って来れたんだな。頑張ったな』
その日、料理教室から帰ってきた佐奈を、俺は思わず抱きしめていた。
『私だってやろうと思えば何だってできるんだよ。ほら、パスモだって作ってきたんだから』
嬉しそうな顔で佐奈が言う。
手には絆創膏。
料理教室だって、きっと光輝の為に頑張ったのだろう。
“今までできなかったことをできるようにしたいの”
それが例え他の男の為だとしても。
彼女の力になってあげたい。
自信を持たせてあげたい。
俺は心からそう思った。
それが、
俺のやり残したことだったから。
……
『ねえ、圭吾。今日は何を教えてくれるの?』
佐奈は俺の腕に絡みつきながら、キラキラした目で俺を見る。
あの日から、佐奈に家事のやり方を教えているのだけど、佐奈はよっぽど嬉しいのか、こうして昔のように俺に甘えてくるようになった。
だからつい、光輝には悪いと思いつつ、俺も無防備な佐奈に触れてしまう。
結果、俺達は何をするにもベタベタとくっついて、まるで新婚夫婦のように過ごしていた。
まあ…。
そんな夢のような日々も明日で終わるのだが。
『じゃあ、今日はお風呂場の掃除でもしてみよっか』
『うん! してみる』
佐奈は大きく頷くと、着替えてくると言って、リビングを勢いよく出て行った。
そして、5分後。
佐奈は水着姿で戻ってきた。
フリルがついた白のワンピースの水着は、彼女にとても良く似合っているのだけど。
『佐奈ちゃん…どうしてその格好になったのかな?』
一応、わけを聞いてみる。
『うん…この水着ね、昔、マサヨさんと選んだんだけど…お父さんに“肌が出すぎだ”って反対されて、一度も着られなかったから』
あ~なるほどな。
だから俺とプールに行った時、全身完全防備の水着だった訳か…日焼けが嫌なのかと思ったけど、あれは社長の仕業だったんだな…って、いやいや、今はそんな事どうだっていいんだよ。
自分にツッコミを入れながら、佐奈の肩にそっと手をおいた。
『佐菜。別にお風呂掃除は水着に着替える必要なんてないよ。腕と足だけめくれば十分だから』
すると、
『そっか…。全身濡れてもいいように皆なこうしてるのかと思っちゃた。じゃあ、もう一度着替えてくるね』
佐奈はちょっと恥ずかしそうに言いながら、クルリと背中を向けた。
『あ~待った。いいよ。せっかくだからそのままで』
『え?』
『いや…ほら、この家は浴室にも暖房ついてるしさ、佐奈さえ寒くないなら、今回は水着のままでいいんじゃない? 動きやすそうだし』
なんて、
ごめん、佐奈。
これは完全に俺の下心。
佐奈の水着姿があまりにも可愛くて、もう少しだけ目に焼き付けておきたくなったのだ。
『うん。圭吾がそう言うならそうする』
何でも素直に俺の言うことを聞いてしまう佐奈は、にこにこしながら頷いてくれた。
こうして、ちょっぴり罪悪感を抱きつつ、俺は水着姿の佐奈と共に浴室へと向かったのだった。
『あっ、またシャボン玉』
広い浴室に佐奈の声が響く。
佐奈はシャボン玉を見つけては、パチンと両手で叩いてはしゃいでいた。
『ハハッ…とても成人した女性には見えないよな』
『だって、楽しいよ。圭吾もやればいいのに』
『俺はいいよ。それより床滑りやすいから気をつ』
『キャ!』
佐奈はスポンジを持ったまま、ズルッと足を滑らせた。
『佐奈!』
俺は慌てて彼女の体を抱きとめる。
彼女の体は無事だったけれど、彼女の手がシャワーのレバーを押していた。
『うわっ!』
『キャ!』
おかげで二人とも頭からお湯をかぶるハメに。
『コラ、佐奈~。ビショビショになっちゃっただろ』
『圭吾、ごめん。圭吾も水着だったらよかったのにね』
可愛く舌を出しながら笑う佐奈に、俺もつられて笑っていた。
『それじゃあ、次はアイロンがけか』
これは佐奈のリクエストだった。
初めは怖がっていた佐奈だけど、一緒に手を動かしているうちにコツを掴んだようで、すぐに一人でできるようになった。
『上手いじゃん』
『うん。圭吾のおかげ』
佐奈は俺の胸に寄りかかりながら嬉しそうに微笑んだ。
こんな時間がずっと続けばいいのにな。
ボンヤリ考えていると、佐奈が俺の顔をのぞき込んで言った。
『ねえ、圭吾。明日も早く帰ってきてね』
俺は彼女の頭を優しく撫でる。
『うん。ちゃんと帰ってくるよ』
明日は最後の夜だもんな。
笑ってお別れしような。
けれど、
俺はその約束を果たすことはできなかった。