それでもあなたを愛してる
サクラージュホテルでは、佐奈と光輝の婚約パーティーが盛大に開かれていた。
俺は人目につかない場所から、こっそりと佐奈を見守っていた。
パーティーが中盤にさしかかった頃、例のストーカー女が佐奈に近づいてきた。
女は佐奈に耳打ちすると、そのまま佐奈を連れて会場から出て行った。
急いで二人の後を追いかけたのだか、タイミング悪く、途中で取引先の社長に出くわしてしまった。
『おお! 真崎くんじゃないか』
『大木社長…お久しぶりぶです』
『いや~ビックリしちゃったよ。てっきり君が社長の後を継ぐもんだと思ってたからさ~』
『すいません、社長。ちょっと今、急いでまして』
『そうか。じゃあ、また今度ゆっくり飲みにいこうな』
『はい、すいません、失礼します』
こうして、思わぬ足止めを喰らったおかげで、二人の姿を見失ってしまったのだ。
どこ行った?
お色直しなら控室だよな?
俺はそれらしき部屋を片っ端から探し回った。
そして、ようやく控室と書いてあるドアを見つけ、ドアに手をかけた瞬間。
『キャー!』と、中から佐奈の悲鳴が上がった。
慌てて中に入ると、女が尻もちをついている佐奈に向かって果物ナイフを振り上げているところだった。
『佐奈!』
咄嗟に俺は佐奈を守るように覆い被さった。
次の瞬間、腰に大きな衝撃と激痛が走る。
良かった。
間に合った。
佐奈の体を抱きしめながら思った。
『うそ。やだ、しかっりして圭吾!』
驚きとショックで佐奈は大きく目を見開いていた。
すぐに警備員が駆けつけて女を取り押さえた。
ホテルスタッフ達も集まってきて、控室は騒然となる。
『今、救急車呼びますから』
マズいな。
騒ぎが大きくなったら婚約パーティーが中止になる。
それに、佐奈には何て言って誤魔化そうか。
痛みに耐えながら、そんなことを考えていると、佐奈が泣きながら俺の肩を揺すった。
『圭吾…やだよ! 死なないで、圭吾……圭吾!』
『佐奈……大丈夫だから泣くな』
俺は目を開けて、佐奈の顔へと手を伸ばした。
『圭吾』
『婚約パーティーなのに……不細工になるぞ』
そんな冗談を言いながら佐奈の涙を拭っていると、バタバタと救急隊員が入ってきた。
『意識は大丈夫そうですね。止血したら病院に搬送しますので、名前と年齢を教えて下さい』
『真崎圭吾…26歳。あの、すいません、桜大学付属病院に搬送してもらえますか?』
『分かりました』
入院中だということまでは、佐奈の前では言えなかった。
『付き添いはどなたが?』
『一人で大丈夫です』
『いえ、私が付き添います!』
佐奈が会話に割り込んできた。
『佐奈……ダメだよ。婚約パーティーに戻らないと』
けれど、佐奈は俺の言葉を無視して、救急隊員に声をかけた。
『私が付き添いますから。早く病院に運んで下さい』
『佐奈…俺なら大丈夫だから光輝のとこに』
『圭吾、こっちは俺が何とかするから、佐奈ちゃんに付き添ってもらえ』
いつの間にか光輝がかけつけていた。
『光輝…』
『警備員から事情を聞いたよ。すまなかった、圭吾。佐奈ちゃん、悪いけど圭吾のことを頼む』
『分かりました』
こうして、佐奈は俺と一緒に救急車に乗ることになった。
これで全部バレちゃうな…。
ごめん、佐奈。
最後まで隠してあげられなかった。
きっと、辛い思いをさせちゃうんだろうな。
でも、光輝がいるから大丈夫か…。
薄れそうになる意識の中でそんなことを考えていると、佐奈の声が聞こえてきた。
救急隊員に俺のことを色々と質問されているようだ。
『いえ、圭吾は26歳じゃなくて27歳です。昨日誕生日だったので』
ああ…そうか。
昨日、誕生日だったのか、俺。
忘れてたな。
『えっと…薬のアレルギーはありません。でも、猫の毛には少し反応します』
へえ…。
そんなことまで、ちゃんと知ってるんだな。
『血液型ですか? O型です。でも、そんなに大ざっぱじゃなくて、割と几帳面です…疲れてるのに私の世話まで焼いてくれますし』
ん?
なんか話ズレてるぞ、佐奈。
思わず笑いそうになる。
『とにかく、すごくお人好しなんです。結婚も控えてるし、会社だって立ち上げるのに……私を庇ってしまうんですから。せっかくこれから幸せになるところだったのに。だから、お願いします。圭吾のことどうか助けてあげて下さい。私、なんだってしますから! お願い、圭吾の命だけは…助けて…』
やめてくれ…佐奈。
頼むから。
泣き崩れる佐奈を前に、俺は涙を必死に堪えていた。