それでもあなたを愛してる
翌日の検査の結果、どこにも異常はなく、来週中には退院できることになった。ただ足の筋力が衰えて歩けなくなっていた為、リハビリ室に通い、筋トレや歩行の練習をすることになった。
“この調子なら、1週間もすればすぐに歩けるようになりますよ。明日も頑張って下さい”
理学療法士からそんな言葉をかけられ、初日のリハビリを終えた。
車椅子に乗り病室へと戻る途中、エレベーターで幼稚園くらいの男の子と一緒になった。
その子は俺の顔をジッと見ながら、隣にいた母親にこう告げた。
『ねえ、ママ~、このお兄ちゃんの髪の毛おもしろいよ~』
『勇樹! そう言うこと言うんじゃありません!』
母親は気まずそうに頭を下げながら、男の子の手を引き慌てて次の階で降りて行った。
まあ…そりゃ、大の大人の前髪が、こんなに短く切り揃えられてたら面白いよな。
俺だって鏡を見た時はビックリした。
まるで金太郎のようだったから。
これは、恐らく佐奈の仕業。
でも、彼女に悪気なんてないだろうし、一生懸命やってくれたことだと思うから責められない。
こうして笑われたことも、深爪がヒリヒリ痛むことも、彼女には黙っておくことにした。
「圭吾、おかえりなさい。リハビリどうだった?」
病室では、佐奈がお昼のお弁当を食べていた。
「うん。頑張ってきたよ」
「そっか。お疲れさま」
にっこり微笑む彼女に、今日は聞かなきゃいけないことがある。
社長のことだった。
あれから一年が経っているのなら、恐らく社長はもうこの世にはいないはずだ。
辛いことを思い出させるようで可哀想だけど…。
「あのさ、佐奈……ひとつ、聞いてもいい?」
俺は車椅子からベッドへと移り、佐奈の方へ体を向けた。
「うん。なに?」
佐奈も箸を置いて、畏まった顔で俺を見た。
「社長のことなんだけど……」
「あっ、うん。私も今日ね、圭吾に話そうと思ってたの」
佐奈はそう言うと、バッグの中から白い封筒を出して、俺に差し出してきた。
「実はお父さんね、半年前に亡くなったの。この手紙は、亡くなる直前にお父さんが圭吾に宛てて書いたものだよ」
俺は佐奈から封筒を受け取り、中の手紙に目を通した。
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真崎くんへ
君がこの手紙を読んでくれている頃には、もう私はこの世にはいないだろう。
ひとり娘を残して旅立つのは辛いことではあるが、それでも私は心穏やかに、人生の終わりを迎えることができそうだ。
これも全て君のおかげだ。
心から感謝している。
半年前、君が娘の為に身を引くと言ってくれた時は、私もそれが娘の幸せだと思ってしまった。
あの時は君の言葉に甘えて、ずいぶん辛い目に合わせてしまったと思う。
だが、身を犠牲にしながら娘の為に走り回ってくれてる君を見て、本当にこれでよかったのかと迷いが生じるようになった。
そして、君が娘のことを命がけで守ってくれた時に、自分の愚かさにようやく気づかされた。
あの後、娘は西島くんと私のところに来て言ったんだ。
君との結婚こそが唯一の幸せなのだと。
未亡人として一人で生きていく覚悟もちゃんとできていると。
娘のあんなに強い目を見たのは初めてだった。
君の深い愛が娘を変えてくれたのだと思う。
君が眠り続けてからも、娘は涙ひとつ見せずに頑張っているよ。
君の妻になれて幸せだと、いつも私の前で笑っている。
ありがとう、真崎くん。
きっと君が佐奈の元に戻ってきてくれると信じている。
私は先にこの世を去るが、どうか娘のことを宜しく頼むな。
江波修三
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「社長……」
手紙を握りしめ呟くと、佐奈が俺の目もとの涙を拭ってくれた。
「佐奈……ちゃんと幸せにするからな」
佐奈を力いっぱい抱きしめる。
「うん。もう十分幸せだけどね」
クスリと笑う佐奈に力強く言う。
「もっともっと幸せにするから」
俺は社長を偲びながら、心にそう誓ったのだった。