それでもあなたを愛してる
そして一週間後、無事退院の日を迎えた。
足の筋力もつき、元のように歩けるようになった。
「圭吾、お待たせ」
荷物をまとめていると、光輝が佐奈と一緒に顔を出した。
「悪かったな、光輝。わざわざ迎えに来させて」
本当はタクシーを呼ぶつもりだったのだが、佐奈が光輝に頼んでしまったのだ。
「水臭いな。そんなこと気にするな」
光輝はそう言って笑いながら、俺の荷物を手に取った。
………
こうして、一年間お世話になった病院を出て、光輝の車で佐奈の家へと向かったのだが。
車から降りると、見覚えのあるコンシェルジュが光輝のもとへとやって来た。
間違いなく、そこは光輝のマンションだった。
「あのさ、光輝。俺のマンションは引き払ってるから、佐奈のところへ頼むって言わなかったっけ? 何でおまえのマンションなんだよ」
ポカンとする俺に、佐奈が答えた。
「いいんだよ。圭吾。今、私、光輝さんのマンションに住んでるから」
「は?」
同棲なんて聞いてないぞと光輝を見ると、光輝は慌てて首を横に振った。
「誤解するなよ? 下の階にちょうど空きが出て、佐奈ちゃんに住むように勧めたんだよ。ほら、ここならセキュリティーもしっかりしてるし、俺の目も届くから」
「ああ、そう言うことか」
光輝の言葉に納得していると、佐奈が次の爆弾を投下してきた。
「あ、そう言えば、光輝さんちのリビングに私のイヤリングって落ちてませんでしたか? 多分、ソファーのあたりだと思うんですけど。この前、ちょっと激しかったから」
俺は光輝の方に振り返る。
「光輝……おまえ、佐奈に手を出したのか?」
睨みつける俺に、光輝は「そんな訳ないだろ」と苦笑いを見せた。
「じゃあ、今のは何なんだよ!」
思わず声を荒げると、佐奈が驚いた顔で俺を見た。
「佐奈、ちょっときて」
俺は佐奈を連れて、エントランスの隅へと移動した。
「佐奈。光輝の部屋で何してたの?」
佐奈を壁に押さえつけ問いただす。
佐奈は泣きそうな顔で俺を見上げた。
「圭吾……どうしてそんなに怖い顔するの」
「いいから早く答えて」
苛立つ俺に佐奈が言う。
「ご飯をご馳走になっただけだよ」
「どうして、ご飯食べただけでイヤリングが落ちるんだ? 激しかったってどういう意味だよ? 俺に分かるようにちゃんと説明してくれる?」
嫉妬でおかしくなりそうだった。
とにかく俺は、早く佐奈の口から納得できる答えを聞きたかったのだ。
「だから、それは奈々ちゃんがね」
「奈々ちゃん? 奈々ちゃんって誰?」
「光輝さんの娘さんだよ。今2歳なんだけど、私が行くと膝の上に乗ってきて、髪とかアクセサリーを引っ張って遊ぶの。この前はいつもより激しかったから」
「……あ」
ふと、光輝の言葉を思い出す。
“2年前に消えた彼女を探し出すつもりだよ”
“俺の子がお腹にいたかもしれないんだ”
そっか。
全てが繋がった。
「あいつ、元カノとより戻してたのか」
「うん。光輝さんね、二年前に姿を消した涼子さんと結婚したの。涼子さんには光輝さんの子供がいて、今は仲良く三人で暮らしてるよ」
「そ…っか。そうだったのか」
安堵のため息をついていると、背中に光輝の視線を感じた。
マズいよな。
恐る恐る振り返る。
佐奈を連れて戻ると、光輝は呆れたように俺を見た。
「まあ、言わなかった俺も悪いけどさ、おまえももう少し俺を信用したらどうだ? おまえは、佐奈ちゃんのこととなると血がのぼって毎回こうだよな。今まで俺がおまえを裏切ったことがあったかよ」
「悪かった」とひたすら謝る俺に、光輝はいつまでもブツブツと怒っていた。
「まあ、今度、涼子を紹介するから、落ち着いたら飯でも食いにこいよ」
最後は笑って許してくれたけど。
佐奈のおかげでえらい目にあった。
「圭吾、光輝さんにたくさん怒られちゃったね」
佐奈は俺を部屋に上げると、クスクス笑いながら俺の胸に甘えてきた。
「誰のせい?」と訊くと、佐奈は「ごめんなさい」と可愛くベロを出した。
そんな佐奈をリビングのソファーへ優しく押し倒す。
「佐奈がああいう発言しちゃうのは、こういうことを知らないせいなんだよな」
ふっと笑って見下ろすと、佐奈はキョトンとした顔で首を傾げた。
「佐奈……俺に佐奈の全てをちょうだい」
耳もとで囁くと、佐奈はにっこりと微笑んで、俺の背中にそっと手を触れたのだった。