こけしの恋歌~コイウタ~
「風邪?」

成瀬課長はもう片方の手でマスクをピシッと弾いた。
一瞬顔にピリッと痛みが走る。

風邪…風邪?
焦ってなかなか頭が働かない。

ようやく合点がいって、この姿のことを言われていると気づく。

「少し風邪気味で…。あの、課長?手、この手は…?」

手のことを言っても、離そうとはしてくれない。
むしろ強く掴まれる。

「風邪ね…。こけしちゃんは嘘が下手だね」

「……」

またしてもバレてる。
成瀬課長はなにも答えられない私に、優しくて暖かい眼差しを向けてくれる。

「目の下のクマ、青白い顔。とても大丈夫そうには見えないよ。こけしちゃん、ひとりで抱え込まなくてもいいんだよ。誰かに助けを求めてもいいんだよ。俺、前にも言ったよね?」

もちろん覚えている。
成瀬課長からもらった言葉は全て頭から離れない。

でも、サクラのことは絶対言えない。

こんな部下のことを心配してくれて、ありがたいと思う。
同時に、バレていても下手な嘘につき合わせてしまうことを申し訳なく思う。

「大丈夫です。早く帰って寝ます。来週には元気になります」

手を掴んでいた力が抜けた瞬間、私はぺこっとお辞儀して、手を振り払うようにして、足早に会社を出た。
成瀬課長の顔を見るのが怖くて、一度も振り返らなかった。












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