こけしの恋歌~コイウタ~
それに心にぽっかり穴が空いてしまった私は、きっとこれまで通りには歌えない。

「もう少しだけ…本当にもう少しだけでいいから、成瀬課長の傍にいたかった…」

私は遂に我慢出来ず、心の中に閉じ込めていた気持ちを口に出してしまった。

「円香ちゃん…」

「…っ」

糸がプツリと切れてしまったみたいに、私の目から涙が溢れ出てくる。

社長は優しく背中を撫でてくれた。
その優しさが心に染みて、拭っても拭っても涙は止まらない。

大きくて優しくて温かい手。
優しい眼差し。
気遣ってくれる言葉。
資料室でのキス。

成瀬課長との出来事はどれも本当に大切で、一生忘れられそうにはない。

からかわれて遊ばれてるとわかっていても、私にとってはとても幸せな時間だった。

そんなことを考えていると、泣きすぎて頭がズキズキ痛み始めた。

人前でこんなに泣いたのは何時ぶりだろう。
社長の前でとんだ醜態を晒してしまった。

私は頭痛を抱えながら、高畑さんと一緒にタクシーで帰宅した。

涙が枯れ果てるまで泣いたのだから、きっと酷い顔になっているはずなのに、高畑さんは何も触れず、ただ明日の予定を教えてくれただけだった。





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