夢色メイプルシュガー
「やっぱ涼岡はすげーよな」
「え?」
ちょうど3階から2階へ続く階段を降りている時、黒木くんが急にそんなことを言い出した。
短く切られた髪がサッパリとした印象の彼は、クラスのムードメーカーで、いつも明るく元気そのものといった感じだ。
「いやあ、前から違うとは思ってたけどさ。弁護士になりたいってしっかりした夢持ってんじゃん」
「ああ......」
......夢、か。
「ぜんぜん、すごくなんかないわよ」
「やー、すごいよ。俺なんか歌手だぜ? お前はいつまでつまらない夢を追いかけるつもりだ、早く現実を見ろーって、親父のやつにはしょっちゅう言われてるし」
黒木くんはケラケラと、少し恥ずかしそうに頭をかいて言った。
歌手。
たしかにそれを耳にした時、正直びっくりした。
でも。
「とっても素晴らしい夢だと思うけどな」
歌手になりたい。
そう語っていた横顔は、キラキラとしていてものすごく眩しかったもの。
「マジで?」
ぐいっと迫る勢いで訊ねてきた黒木くんに、私は一拍ほど遅れて「うん」と頷いた。
「やば、死ぬほど嬉しいんすけど」
「ちょっと、黒木くんったらおおげさ」
思わぬ反応に、私はふふっと笑ってしまう。
「だってさー、初めてなんだぜ? そんなふうに人から言われたの」
「……そうなの?」
「うん。でもまあ──」
まあ?
「誰になんと思われようが言われようが、俺は気にしねーんだけどな」
気にしないって......。