再会した幼なじみは黒王子? ~夢見がち女子は振り回されています!~
 
まだ始業までは時間があるため出社する人は少なく、エレベーターには私と航くんだけが乗り込んだ。

エレベーターが上昇し始めたとき、航くんの肘が軽く私の頭に当たった。

なんだろうと彼の方を見ると、ついさっき涼木さんが締め直してくれたネクタイを緩めている。


「えっ、何してるの?」

「紗菜。ネクタイ直してくれるか?」

「は? 自分で直しなよ! っていうか、どうして緩めたの? せっかく涼木さんに綺麗に直してもらったのに、わざわざ緩める必要ないじゃない」

「紗菜がヤキモチ焼いたような顔するからだろ? 紗菜にさせてやろうと思って」


航くんが変なことを言い出し、私は口をぽかんと開けてしまう。

理解不能すぎて、聞き返すことすら忘れてしまった。


「安心しろよ。涼木さんとはただの同期っていうだけだし、入社した頃から誰に対しても世話焼きなだけだからさ。な?」

「ちょっと待ってよ、ヤキモチって意味わかんないから。どこに焼く要素があったのか全然理解できないし、そもそもヤキモチなんて焼かないよ」

「ほら、エレベーターが着く前に、早くやれよ」


航くんは私の言葉を無視して私を壁に追い詰め、私の背後にある壁に手をつく。

私は壁と航くんに取り囲まれ、逃げ場がない。

しかも彼は私との身長差を埋めるように身をかがめているため、その距離はかなり近い。


「ちょっと、近いよっ……」

「な、早くして。紗菜」

「~~もうっ」


エレベーターが開いて他の社員に見られでもしたら大変なことになる。

ただでさえ航くんは社内で注目を浴びていて、現に昨日お手洗いで出くわした経理課の元同僚に「瀬戸さんってカッコいいよね! 羨ましい!」と言われたばかりなのだ。

そのときはまだ彼が“翼くん”だと思っていたから自慢したい気分だったけれど、今となっては航くんと噂になるなんてたまったもんじゃない。

航くんにとっても私はただのからかい相手なのだから、変な誤解はされたくないと思っているはずだ。

さっさと言う通りにしてこのやりとりを終わらせようと、私は渋々航くんのネクタイに手を伸ばす。

でもふと、重要なことに気づいた。
 
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