再会した幼なじみは黒王子? ~夢見がち女子は振り回されています!~
「バカなことって、なんだよ」
航くんの低い声がその場に響く。
私が怒っているはずなのに、どうして航くんがそんな目をするの。
疑問が浮かんだとき、航くんがつまらなそうに息をつき、私の方に近づいてきた。
迫ってくる彼から逃げるように後ずさると、数歩で廊下の壁に背中がぶつかった。
逃げ場がなくなった私に対して、航くんはまだ歩みを進めてくる。
私と航くんとの身長差は20センチほどあるため、距離が近づくほど圧迫感が私を襲い、「紗菜」と低い声で呼ばれた瞬間、思わず身を縮めた。
「やだっ……、来ないでよっ……! 近づかないで!」
私の言葉と同時に、私に影を落とすほどまで近づいた航くんの動きが止まった。
航くんは私を笑顔もなく見下ろしてくる。
その近さはこの前のキスを私に思い出させた。
顔だけではなく耳も熱くなり、隠すように視線を落とす。
こんなふうに反応してしまうなんて、本当に航くんのことが気になっているみたいだ。
でも、そんなはずはない。
……だって、私の初恋は翼くんなのだから。
「……そんなに嫌うなよ」
「え?」
「俺だからありえない? じゃあ、俺じゃなくて翼ならよかった? 翼だったら好きになった?」
私の心を読まれたような言葉と、それまでのトーンとは違う低い声が降ってきて顔を上げると、その瞳が切なく揺れているように見えた。
「……航、くん?」
「いつになっても、お前の1番はずっと翼なんだな」
そう小さく呟いた航くんは私から視線をはずし、オフィスの方へと戻り始めた。
いつもの航くんなら「うろたえすぎだろ。冗談だよ、バーカ」なんて意地悪に笑って、私をさらにからかうような言葉を放っていたと思う。
からかうのとはどこかズレた航くんの態度に、私はただ小さくなっていく彼の背中を呆然と見つめるしかなかった。