再会した幼なじみは黒王子? ~夢見がち女子は振り回されています!~
マンションの最寄りのバス停に着き、バスを降りると航くんは「送る」とだけ言い、私の遠慮する言葉を聞くことなく歩き始めた。
強く断ることもできなくて、私は彼の言葉に甘えることにした。
私の住むマンションに続く路地に入る。
辺りは住宅街になり、交通量がぐんと減る上、遅い時間なので静かだ。
向かう先の空に少し欠けた月が浮かんでいることに気づいたとき、航くんの声が降ってきた。
「この前のことだけど」
「え?」
「この前」という言葉にキスのことや言い合いをしたときのことを思い出し、心臓が音をたてる。
何を言われるのだろうかと続きの言葉を待っていると、彼は一瞬言葉を止めるようにした後、口を開いた。
「……いや、この前の電話で翼がよろしくって言ってた。一緒に働いてるって言ったら、あいつ、お前に会いたがってたよ」
「あ、そうなんだね。翼くん、元気だった?」
「あぁ」
「そっか……」
翼くんが私に会いたいと思ってくれていることに対して嬉しい気持ちは確かにあるのに、素直に喜べない自分がいる。
……どうして今、翼くんの話だとわかったとき、一瞬、ガッカリした気持ちになってしまったのだろう。
翼くんの話よりも、私たちの間にあるギクシャクしたものを取り払う話をしてほしいと思ってしまった。
それ以上会話を続けることができなくて、私は口を閉ざしてしまう。
「翼に会いたいか?」
航くんの質問に、どくん、と心臓が振動する。
翼くんには会いたいんだと思う。
でも、航くんに再会してすぐの頃は、再会したのが翼くんだったらよかったと思っていたはずなのに、今は翼くんに会ったら私はどう感じるのだろうという気持ちが入り交じって、素直に「会いたい」と答えることができない。
……もし翼くんに先に再会していたら、航くんと会うことはできていたのかな。
私は翼くんに恋をしていたのかな。
航くんのいろいろな表情を見たり、仕事への真剣な想いや意外な一面を知ることはなかったのかな……。