再会した幼なじみは黒王子? ~夢見がち女子は振り回されています!~
私が視線を上げるのと同時に、ホワイトベージュのスリムなスーツを身に纏った女性が航くんのデスクのそばに立ち止まった。
「お疲れ様」
航くんに向かって放たれた凛としたソプラノの声が、私の耳にも届く。
……どうして、社長令嬢がここに?
航くんに綺麗な笑顔で微笑みかける女性、藤岡結衣(ふじおかゆい)さんは、うちの会社の社長の一人娘だ。
彼女が社長秘書業務の傍ら、企画の仕事にも関わっていることは社内では有名な話だけれど、少なくとも私がこのオフィスにやってきてからは彼女がここに顔を出したことはない。
辺りを見渡すと私だけではなく他の同僚たちの視線も航くんと藤岡さんに向いていて、気にしているようだ。
きっと珍しいことなのだろう。
「あぁ、結衣か。お疲れ様」
「航平、来週末からイタリアでしょ?」
「そうだけど、さっき決まったばかりなのにどうしてもう知ってるんだ?」
航くんは不思議そうに首を傾げる。
「聞いているでしょう? もうひとつの案件、私も担当することに決まったの。1週間、よろしくね」
「あぁ、そういうこと。了解」
航くんから笑みがこぼれ落ちる。
こんなふうに少し気が抜けたように笑う航くんをオフィスで見ることはほとんどなく、その表情に私の心臓が音をたてた。
1ヶ月以上一緒に仕事をしていれば航くんの仕事中の様子はだいたいわかっていて、彼は男女問わず同じように接するはずなのに、藤岡さんに対する態度はそれとは違って見えた。
「結衣。それならこれ必要だろ?」
「さすが航平ね」
「何年付き合ってきてると思ってるんだよ」
航くんがまた笑みをこぼしながら、資料を差し出した。
藤岡さんは清潔感のあるネイルをした女性らしい手で受け取り、航くんのそばに寄り添うようにして資料をめくる。
時折、航くんに疑問を投げかけていて、その距離は近い。
仕事中だというのに名前で呼び合うふたりの間には、信頼だけではなく親密さも感じた。
……そう。まるで、仕事以外の深いところでもわかりあっているみたいだ。
ふたりの間にある関係を想像するとあまりにもお似合いで、またもやもやとした感情が私の中に生まれる。
ふたりの会話が耳に入ってくるのが気になって仕方なくて、また仕事に集中できなくなってしまった。
いてもたってもいられなくなった私は、自分でもコントロールできない感情をその場に残すようにして席を立った。