溺甘副社長にひとり占めされてます。
彼はなんてことない口調でそう言って、廊下へと出て行った。
「……はい!?」
誰もいない室内に、私の声が大きく響いた。
「だっ、だから。そんなことしてもらうような関係じゃないってば」
さっきもそう言ったのにと愚痴りながらも、時刻を確認してしまう。
頭の片隅で、早く帰り支度をしなくちゃと考えている自分が、恥ずかしい。
白濱副社長に家まで送ってもらう。大事件だ。
現実感の伴わないこの状況は、まるで夢の中の出来事みたいだけど、私の手元に残されたタンブラーがこれは紛れもない事実なのだと訴えかけてくる。
ドキドキドキと、緊張で鼓動が速くなっていく。頬まで熱くなっていく。
私は震える指でタンブラーの飲み口を開け、自分の口元へと近づけた。
ふわりと漂ってきたコーヒーの香りに一度手を止め、そして一口飲み込む。
「……これ、もしかして」
もう彼はいないと分かっていても、つい戸口へと顔を向け、その後ろ姿を思い浮かべてしまう。
飲みなれた口当たりと彼の残像に、トクリと鼓動が高鳴った。