お願い!嫌にならないで



「あの人のことを思い出すと。未だに、気分が悪くなるんです」



水野さんの眉間に皺が寄る。

お店の内側の光に照らされ、その表情すらも美しく見えるというのだから、俺ももう重症だ。



「よっぽど酷い奴だったんすね」

「ええ、それはもう、酷かったですよ。思い出しただけで、虫酸が走ります」

「俺は気を付けよう…………」

「え?すみません。聞こえませんでした。もう一度…」

「いえ!これは聞こえなくて大丈夫です!」



水野さんは不思議そうに俺を見ては、首を傾げる。

俺の頭はよっぽど、彼女に夢中らしく、彼女の背景まで煌めかせている。

目の保養どころか、俺には何だか恐れ多いほど、綺麗なものだから、だんだん直視できなくなってきた。

目を逸らして、高鳴り続けるこの心臓を落ち着けようとした。



「そろそろ、戻れそうですか……?」

「胃が少しムカムカするので、もう少し、ここに居ます。辻さんは、どうぞ戻ってください。今日の主役なんですから」

「いいえ、戻りません!女性一人で外に居たら、危険ですから、俺も一緒に居ます。あ……迷惑でなければ」

「迷惑なんて、そんなことはありませんけど」



水野さんは、心配そうに俺を見上げる。

見た目だけでなく、本当に優しい人なのだ。

世間では「親切な美女には必ず裏がある」などと云うが、この人は違う。

俺はそう思いたい。

また水野さんが、夜空を見ているようだった。

俺もつられて、見上げる。

昼間であろうが、夜であろうが、こんなにもゆったりと空を見上げたのは、幼い頃以来ではないだろうか。

都会の星は、まちの灯り共に負け、行方不明だ。

俺が幼い頃に地方で見た星たちは、もっと明るかった記憶がある。

町の街灯は常に消えかけていて、どちらかと言えば、星と月の明かりを頼りにしていたくらいだったのだから。

ノスタルジックな気持ちに浸っていたが、数秒だろうか、我にかえる。

水野さんの様子を窺おうと、少し首を動かすと、何故かこっちを既に見ていた彼女と、しっかり目が合う。

思わず、肩が跳ねた。
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