お願い!嫌にならないで



笑ってもらうつもりで、冗談を言ってみたのだが、思った反応とは違った。

それどころか、水野さんは俯いてしまって、顔が見えない。

どうしても、表情を確かめたくて、少し考えた。

そして、お互いの気持ちを確認するということにも、丁度いいと思うことを思い付いた。



「あの、少し触れても、いいですか」

「へっ?!」



思惑通り、水野さんの顔が上がる。

彼女の片手を、アップルデニッシュから剥がす。

そして、その手に俺の手を重ねた。

以前にも、一度だけ咄嗟に、手首を掴んだことがあった。

田中さんが会社の前で、何故か待ち伏せていたときだ。

あのときは、そこまで意識がいかなかったが、とても綺麗な手をしている。

細く、すらっと長い綺麗な指。

びっくりするほど、滑らかな肌。

全く触り慣れない感触に、思わずうっとりしてしまう。



「あ、あの、辻さん……」



水野さんの声に、またハッとした。

ここで話が終わったら、ようやくここまで話を進められたのに、有耶無耶になってしまう。

詰めが甘いのは、いけない。



「水野さん」

「はい……」

「良かったら、付き合ってもらえませんか」



彼女の手を、努めて優しく握った。

大丈夫、視線はしっかりと合っている。

その瞳は、ますます潤んでいく。
< 118 / 239 >

この作品をシェア

pagetop