お願い!嫌にならないで



「いやいや、水野さん。それは、考え過ぎですよ」

「確かに、自意識過剰かもしれませんけど……でも、この前も、会社の前まで来ていたし。実際、過去にも、物理的に酷いこともされましたし」

「なっ……酷いことって?!」

「ちょ、ちょっと、打たれた程度です」

「それは『ちょっと』の程度じゃありませんよ!なんだそれ。女性に手を上げるなんて、本当にとんでもない奴だ!許せない」



ふと水野さんの方を見ると、胸元で握られていた両手は、いつの間にか二の腕の辺りで、またギュッと掴んでいる。

そして、僅かに震えていた。



「……今までのことを思うと、何も無いとは思えなくて。辻さんにまで、迷惑をかけてしまったら、申し訳なくて」

「大丈夫……!」

「でも……」



不安そうな表情が、なかなか戻らない。

どうしたら、安心させられるのか分からない。

困った。

お互い、言葉を失う。

せっかくの二人だけの空間で、ストーカー野郎の、あいつの話題なんて極力しないようにしたい。

実際、こんな風に水野さんを苦しめてしまうだけなのだから。

どうせなら、明るく居たい、そう思った。



「水野さん、安心してください。実は俺、中学から大学までずっと空手してたので!」



元気に、そう言ってみた。
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