お願い!嫌にならないで
この空気、どうやって切り抜けようか。
この短時間で、頭を必死に回していても、視線が突き刺さっていた。
山本くんが俺の正面までやって来て、恐い顔をしている。
普段、無気力な印象が強い山本くんからは想像しにくい、あまりの威圧感に、額にはうっすらと冷や汗が滲む。
「や、山本さ……」
「女の子に相手されないからって、人の彼女に手ぇ出したらいけないっすよ。具体的に、誰とは言いませんけど」
山本くんって、意外とおっかないのかも。
もともと毒舌だとは思っていたけど。
まさかここまで険悪な空気になるとは、思ってもいなかった。
ふと中谷さんを盗み見ると、苦笑いを浮かべている。
山本くんが思っているような事は、おそらく事実とは全く違う。
しかし、まだ事実を教えるわけにはいかない。
水野さんとの約束だから。
俺はこの重くのし掛かる空気を、力ずくで跳ね除けた。
「いやいや、山本さん、当たり前じゃないですか! そういうのじゃなくて! 山本さんと水野さんが偶然、駐車場で会ったように、俺たちも偶然、資料室で会ったんですよ」
「場所が怪しい……そんなところで、2人きりで何してたんすか?」
「しつこいですね! 本当にそういうんじゃなくて! 実は……」
俺が言葉を止めると、山本くんは苛立ちを隠せずにいる。
山本くんから目を離さず、俺は息を吸い込んだ。