お願い!嫌にならないで



約束の時間通りに到着した。

受付にて、ストーカー野郎もとい田中さんとの約束をしたことを伝える。

すると、受付の女性が田中さんを呼びに行ってくれた。

それなのに、現れたのは女性だけで、奴は現れなかった。



「申し訳ありません。ただ今、席を外しておりまして」

「左様ですか。直ぐ戻られますか?」



俺が尋ねれば、女性は言葉を濁らせる。



「戻りがいつ頃になるか、何とも申し上げられません」

「わかりました。では、また日を改めさせていただきます」

「本当に、申し訳ありません」

「いえ、とんでもございません。では、失礼します」



俺は一つお辞儀をして、外に出た。

情けない。

会わずに済んで、少しほっとしている自分が居るのだから。

そんな自身を叱りつける。

──おいおい、そんなことじゃ駄目だろ! 大切な人を守りたいんじゃなかったのかよ!

それに結局、また来なければならないのだから、ほっとなんて出来ない。

とりあえず、営業車に戻り、気を取り直して次へ行く準備を始めることにした。

手帳を開いて、自分が立てたスケジュールを確認する。

『株式会社アプリ 田中様』

俺の微妙な字でそう書かれている横に、赤のボールペンで『不在』と記した。

そして、不意に外を見たとき。

外の禁煙スペースで煙草を吸っている奴の姿があった。
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